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厄払い 〜出雲國神仏霊場巡礼(第二弾)〜


出雲國神仏霊場二十カ所の自転車巡礼の第一弾は、昨年5月に萩から出雲大社まで移動した。そして今回、第二弾として、いよいよ出雲大社からの巡礼を開始する。メンバーは、第一弾と同じゴッツとイッコーさんだ。
出雲國神仏霊場とは、島根県西部と鳥取県東部の20の社寺を8の字のルートで 巡礼するものである。2005年に開かれて以降まだ約10年しか経過しておらず、その歴史は四国八十八カ所の1,200年と比較すると遥かに浅い。
我々の霊場巡りの目的は、厄年に体調を崩した俺の厄払いで、ゴッツとイッコーさんは、それに付き合ってくれている。体調は未だ回復しないが、出雲國神仏霊場の歴史は浅いといえど一つ一つの社寺は歴史が深いのだろうから、巡礼を進めるにつれ、心身共に浄化されていけばよいのだが。
萩駅から汽車に乗り、第一弾の終焉地である出雲市駅へ向かう。イッコーさんは、仕事を辞め、現在は岡山県に住んでいるので、出雲市駅への到着予定時刻を告げ、出雲市駅で落ち合うことにしている。しかし、萩駅で汽車を待っていても、予定時刻に汽車が来ない。しばらくすると「雨で車輪が滑り、登り坂で速度が上がらないため遅れている。」とアナウンスが流れた。30分以上遅れて しまうと、益田での乗り継ぎに間に合わなくなってしまい、イッコーさんを長時間待たせてしまう事になる。それにしても、アナウンスの言っている事はよく分からない。たいした雨は降っていないし、雨が降る度に遅れる鉄道なんて聞
いた事がない。それはもしかしてJRの整備不良や点検ミスによる車輌トラブルではないか?その非を認めずに、結果だけアナウンスしているから、不可解な説明になってしまっているのではないか?そう思いながら、又、気を焦らせながら待ち続けだが、結局、汽車は30分以上遅れて到着した。もう、乗り継ぎに間に合わない。出発時点からトラブル発生である。
おぉ、出雲國の神仏よ。貴方は我に試練をお与えになられる。厄払いへの道は、まだ遠そうだ。

第一番 出雲大社

汽車の運転手が、ぶっ飛ばしてくれたおかげで乗り継ぎには遅れる事はなく、予定通り出雲市駅で全員集合できた。昼飯を済ませ、早速、出雲大社へ向かった。
第一番の出雲大社に到着し本殿を参拝すると、そのまま本殿の斜め向かいにある御朱印の受付所へ向かった。出雲國神仏霊場では、各社寺に御朱印の受付所があり、500円を払うと白い紙に毛筆で字を書き朱印の押された「御朱印」と、木の玉に穴の開いた「御縁珠(ごえんじゅ)」が貰えるらしい。
「御朱印」は、別に購入する「参拝帳」に差し込み綺麗に整理することができ、「御縁珠」は、別に購入する「御縁珠むすび」のロープに通して首飾りとして仕上げる事が出来る。今からの長い旅を想うと、折角なので、この「参拝帳」と「御縁珠むすび」は、是非とも買い揃えておきたいが、どこで販売されているのかは分からない。
出雲國神仏霊場の「参拝帳」と言う固有名称は知らなかったが、四国を巡礼した経験から、その様な物を一般的に「納経帳」と呼ぶ事は知っていたので、御朱印受付所で、白装束を纏った若い男性に「納経帳はありますか?」と聞いてみた。

若い男性 「今、在庫を切らせています。」

俺「そうですか。じゃぁ、どうすればいいですかね?」

若い男性「出雲大社のオリジナルの納経帳は在庫を切らせてますが、普通の納経帳は、その辺の土産物屋で売ってますよ。」

俺「あぁ、そうですか。んじゃ買って来ます。」

と、止むを得ず土産物屋まで歩いて行き、安くはない納経帳を購入した。そして再び、御朱印受付所へ戻り、今度は、さっきの若い男性の隣に座っている、同様に白装束を纏った中年の男性に「お願いします。」と納経帳を差し出した。中年の男性は、黙々と納経帳に毛筆の文字を書き、朱印を押し、その納経帳を返してくれ「金額は特に決まっていませんので、お気持ちでお納め下さい。」と言われた。
“難しい事を言うなぁ”と思いつつ、御縁珠も欲しいので「木の玉に穴の開いたヤツも欲しいのですが。」と聞いてみた。すると、ここから我慢ならない問答が始まった。

中年の男性「御縁珠は、先ずこれを買って貰わないといけないのですよ。」と「参拝帳」を差し出して来た。

俺「んっ?さっき、納経帳は無いかと尋ねると、在庫は無いと言われた。これは納経帳ではないのですか?」

中年の男性「ええ。納経帳なんですが、これは出雲國神仏霊場専用の納経帳なんです。」

俺「ええ、それが欲しくて先ほど納経帳は無いかと聞いたら、在庫は無いと言われ、仕方なく土産物屋で納経帳を買って来たんですよ。」

中年の男性「出雲大社オリジナルの納経帳は在庫切れです。」

俺「でも、それ(中年の男性が差し出したもの)も納経帳なんでしょ。」

中年の男性「ええ、納経帳なんですが、出雲國神仏霊場専用の納経帳なんです。」

もうだめだ。同じ事ばかり言いやがって埒が明かない。俺が言いたいのは、そんな複雑なシステムを理解している奴なんて誰も居ないのだから、そこはきちんと説明すべきであったのではないかと言う事だ。そこの落ち度のせいで、我々は不必要な出費を伴った。その非を認め一言謝れば良いだけなのだ。しかも隣に座っている当の本人である若い男性は、全く我関せずで、こちらに視線を向けることすらない。神の道の前に、まず人の道である。“手前ぇらは今すぐその白装束を脱いで、下界で人の道を勉強しやがれっ!”と、心で叫んだが、俺も神社の境内で事を荒げるほど無粋ではない。腹の虫は治らないままに、グッと堪え、悩みに悩んだが、言われるがままに再びそれらを購入した。
おぉ、出雲國の神仏よ。貴方は我にどれ程の試練をお与えになられれば、気が済まれるのか?それ程に我の罪は重いと申されるのか?まっ、まさか、あの時の事か?小学生の時、友達から借りたファミコンと数本のカセットを返さずにショップへ売ってしまった、その事をまだお怒りか?
厄払いへの道は、まだ遠い。

第二番 鰐淵寺(がくえんじ)

出雲大社の西側に沿った道路を北上し、鰐淵寺へ向かう。標高260mの峠を越え、日本海沿いに東進し、鰐淵(わにぶち)地区で川沿いの坂を南に登った標高約170mの谷間に鰐淵寺はある。出雲大社からは、約14kmの道程である。
累計500m程度の登り坂に苦しんだが、鰐淵寺に近づくと、道路に沿った川は雰囲気のよい渓流へと変わり、心を和ませてくれる。その先に現れた山門をくぐると、渓流沿いのモミジの並木は枝振りが良く、沢山の葉を蓄え、光を透過した一面の緑色は例えようのない美しさである。
参観料を支払い境内に足を踏み入れると、石段や石畳も雰囲気は良く、モミジの葉のしっとりと広がる苔の緑色も加わり、さっきまでのアスファルトの上り坂とは、打って変わって異空間が広がる。とても良い寺だ。紅葉の時期に来ると、とても見応えがあるのだろう。
参拝を終え、入口の受付に戻り、500円で御朱印と御縁珠を貰う。
先ほども説明したが、出雲國神仏霊場では、御朱印は紙をくれる。一方、個別の社寺のサービスとして、出雲國神仏霊場とは関係なく、一般的な納経帳に直接記入・押印してくれる所もある。出雲大社ではこのサービスを行っていたが、鰐淵寺では行っていない。ゴッツは、土産物屋で買った納経帳しか持っていなかったので、これ以降、御朱印の収集を諦めてしまった。
本来、俺も出雲大社で逆上していたため、出雲國神仏霊場の「参拝帳」は購入しないつもりであったが、冷静なイッコーさんが購入していたので、それにつられて購入したのが正解だった。イッコーさんは冷静なのか、或いは何も考えていないのかは定かではないが、こういう人材も必要である。
鰐淵寺の数百メートル上流には、浮浪滝という落差5m程度の滝があり、その瀑布の裏には蔵王堂が建立されている。川を飛び石で渡り、山林の中を進み、階段を上り、足を滑らせると滑落しそうなポイントを超えてと、ほぼ登山のような道程ではあるが、それなりに見る価値はあるだろう。
鰐淵寺を後にし、次の第三番一畑薬師へ向かうが、この時点で16時を過ぎている。御朱印受付所は遅くとも17時には閉まってしまうので、一畑薬師までは約23kmで標高も206mであることを考えると、今日の巡礼は終わりだ。一畑薬師方面へ向かいながら、野宿できそうな所を探す。
鰐淵寺から日本海側に下り、そして内陸に向かい宍道湖方面へ進む。思いの外アップダウンのないなだらかな道を進んでいくと、街中に出た。ここは出雲市平田町である。ゴッツが小さな公園を発見したので、そこを野宿ポイントに決め、近くで飯を済ませた。ビールとつまみと、翌朝の朝食をスーパーで買って、発見した公園に戻った。そして、寝床を整え、水道で風呂を済ませ、ビールで乾杯した。
ところで、イッコーさんは引っ越しに伴い、自転車での野宿グッズを一旦、全て廃棄してしまったと言う。そして今回に備えて再び一式購入したようであるが、自分がどのように使うかを考え、その使用に耐える範囲で最も軽量コンパクトになるよう、その一品、一品を吟味し購入している。イッコーさんの揃えた品々は、ギアジャンキーの俺からしてみると若干過剰気味のようにも感じたが、どうやら、イッコーさんは四国八十八か所の自転車遍路を見据えているらしく、そこまで想定した野宿グッズであるようだ。それを聞いて選定の正当性に納得し、イッコーさんも何も考えていないわけではないことが分かったが、ついこの間までスポーツやアウトドアとは無関係なシティー派トランぺッターだったイッコーさんが、いつの間にか、自転車でしかも一人で野宿をしながら旅をすることを自分で考えるまでになっていることは驚きだった。
そんなことを考えながら、この日は眠りについた。

第三番 一畑薬師

昨夜は、早くに眠りについたので、まだ暗いうちに目が覚めた。空には、月も星も見えるので、今日は天気が良いのだろうと考えながら微睡んでいると、いつの間にか辺りは明るくなっていた。
出発の準備を整えていると、突然ゴッツが叫んだ。「またパンクしとらぁや!」と。実は、今回の旅に出る前、ゴッツの自転車は後輪がパンクしていた。なので、新しいチューブに交換したのだが、それもすぐにパンクした。それを直前に修理して今に至っていたのだが、それが再びパンクしたのだ。これほどにまでパンクを繰り返すとは、何か理由があるはずだ。ゴッツに聞くと、チューブは車輪の内側に穴が開くのだという。普通、路面の釘などを踏んでパンクするようなことはよくあるが、その場合は外側に穴が開くはずで、内側に穴が開くことはあまり考えられない。ゴッツがタイヤを外し、チューブを取り出してみると、今回も内側に穴が開いている。さてはっ!と思いリムを見てみると、リムテープが無い。
リムには、スポークが刺さっている関係上どうしても凹凸があり、この凹凸がチューブに傷をつけパンクしてしまうので、普通は凹凸を隠すためにリムテープと呼ばれるものが巻かれている。それが無いので、パンクを繰り返すことにも納得できる。
しかし、ゴッツはそのリムテープを何時外してしまったのだろうか?パンクを繰り返し始めたのは最近のことだ。それ以前もずっと自転車には乗っているが、内側がパンクすることは無かった。それを本人に聞いても思い当たることが無いという。とても不思議なことではあるが、ゴッツとの会話ではこんなことがよくある。一般的に社会人が備えているであろう知能と比べると、残念ながら十分ではないので、しょうがないのだが。リムテープが無いとまたパンクしてしまうので、代わりにビニールひもをリムに巻きつけて、パンクの修理は完了した。
さて、今回のような自転車の旅では荷物を最低限に絞る必要があるので、着替えは一揃えしかない。よって、昨日、汗だくになった服と今着ている服しかないので、コインランドリーで洗濯をしてから出発することにした。幸い、コインランドリーは野宿した公園のすぐそばにあった。
洗濯から乾燥まで、約40分を要する。その間に天気を確認した。すると、出発前には曇り程度の予報だったはずの天気が、今日は、雨になっているではないか!だが、今朝見た空は晴れていたし、今現在、雨は降っていない。どうせ降っても時々、軽く降る程度だろうと高を括っていた。しかし、その都合の良い予想に反して、洗濯が終わる頃には雨が降り始めた。だがそれでも前向きな俺は、未だ「どうせすぐ止むだろう。」と思い込んでいる。
ポツポツと降る雨の中、一畑薬師へ向かいペダルを回し始めた。ポツポツと降る雨は、ザーザーと降り始めた。そしてザーザーと降る雨は、一向に降り止まず、路面は水たまりだらけになっていった。
こうなってくると、完全にテンションが下がってくる。ただただ黙々と下を向いてペダルを回し続けるだけであり、何も面白くない。予定では、真っ青な秋晴れの空のもとに広がる金色の稲穂を涼しく爽やかな風がゆっくりと揺らす、そんな田園風景の中を快適に旅するはずだったのだが、今の状況は全く違う。
おぉ、出雲國の神仏よ。貴方は我にどれ程の試練をお与えになられれば、気が済まれるのか?それ程に我の罪は重いと申されるのか?まっ、まさか、あの時の事か?幼稚園の時、金持ちの友達が一般家庭にはまだ無い8mmカメラを自慢げに見せつけるので、そいつがトイレに行った間に俺のケツの穴を録画してやった、その事をまだお怒りか?
雨の中、陰気な感じのまま200m程の標高を黙々と上り、一畑薬師に到着した。
ここはまだ出雲市だが、境内には境港のようにあちらこちらに妖怪の像がある。水木しげるの作品に一畑薬師が登場したことが縁らしい。大きな寺であり、見どころもたくさんあるが、なんせテンションが上がらない。納経を済ませ、御朱印を貰い、一畑薬師を後にした。

第四番 佐田神社

引き続き降り続ける雨の中、約22km先にある佐田神社へ向かった。
途中、昼飯時を迎えたが、服はビショビショでとても飲食店に入れるような状態ではないため、途中、コンビニに寄って昼飯を済ませた。そしてそこからは、30分もしないうちに佐田神社に到着した。
佐田神社では、正遷座祭なるものが翌日から開催されるらしく、境内には式典会場が準備されていた。要は、本殿の修復工事が完了したことに伴う祭典を執り行うようである。
本殿前で参拝しようとした時、神主が「神様は今、ここにおられません。あちらの仮拝殿で参拝してください。」と教えてくれた。なるほど、神様は本殿の修復工事中は仮の住まいにおられ、正遷座祭で修復後の本殿に戻られるのだ。
仮拝殿に行くと、いったい何時の時代のものだろうと思うほど風化した狛犬達が鎮座しており、その狛犬達の間で参拝を済ませた。
御朱印を貰い、次の寺へ進むため自転車のもとへ戻った。毎回のことではあるが、自転車のワイヤーロックの番号を合わせて外す。が、外れない。“ん?”と思い、番号を再度合わせる。が、外れない。番号は今まで何度も何度も何度も合わせてきた番号であり、忘れるはずも間違えるはずもない。何度番号を確認しても外れない。このままでは先に進めない。それどころか自転車を持って帰れない。
おぉ、出雲國の神仏よ、貴方は...。いや、今は打ちひしがれている場合ではない。とりあえず目の前の状況を打破しなくては。
ワイヤーロックは案内板の支柱と自転車のフレームを括り付けているので、現状打破には(1)案内板をぶっ壊すか、(2)自転車のフレームを切るか、(3)ワイヤーロックのワイヤーを切るか、の三択である。もちろん三番目を選択する。そのためには、ワイヤーを切る工具が必要になってくるのだが、手持ちのLEATHERMAN MICRAでカット出来るだろうか?それともどこかでワイヤークリッパーを調達しようか?と考えていた時、ゴッツが「取れたど。」と言った。
馬鹿力でキーの僅かな隙間からワイヤーを引き抜いたのだ。一応、盗難防止のためのカギであるので、基本的に人力でどうこう出来てしまうとその効用はないが、こいつは人力でやってしまった。ゴッツは知能は低いし、性格はいい加減でデリカシーも無いが、力だけは凄い。力“だけ”だ。ゴッツは、かれこれ30年くらい筋トレを続けているが、初めてその力が役に立った瞬間を見た。
やっと出発できる状況になり「さぁ、行くかぁ!」と自転車に跨った瞬間、ゴッツが叫んだ。「またパンクしとらぁや!」と。
おぉ、出雲國の神仏よ。貴方は我にどれ程の試練をお与えになられれば、気が済まれるのか?それ程に我の罪は重いと申されるのか?まっ、まさか、あの事か?北斗の拳の単行本を全巻、それも2セット持っているが、それを何時、誰から借りたかすら覚えていない、その事をまだお怒りか?

第五番 月照寺(げっしょうじ)

ゴッツのパンクは、朝の修理が不十分で、そこから再び空気が漏れていた。佐太神社のトイレの軒先で、途中で購入していたリムテープを巻き、パンクを修理した。パンク修理が終わると、気を取り直し、次の月照寺へ向かった。
月照寺へは、松江市内へ向け7km程度の距離である。雨は降り続いているものの、松江市内に向かうので標高が上がることもなく、気持ちは楽だ。
若干、道には迷ったものの、難なく月照寺に到着した。月照寺は松江藩松平家の菩提所であり、代々の立派な墓があった。そして6代藩主宗衍の廟所にある寿蔵碑の土台となっている「大亀」は迫力のある石像である。その一方で阿弥陀如来を本尊とする本堂は、明治維新の際に解体されたらしく、現在では受付の母屋の延長上にある小さな場所を本堂としており、参拝という意味では、少し寂しさを感じる。
さて、納経を終えると、御朱印を貰いに行く。御朱印には、各社寺を象徴する一文字が書かれている。月照寺では「昧」であったが、これはおそらく、茶道を振興した松平家の「不昧流」から来ているものと思われる。イッコーさんはこの御朱印を受け取ると「味?」とか言いやがり、不思議がっていた。やはり何も考えていないのだろう。

第六番 売布神社(めふじんじゃ)

月照寺から売布神社までは、2km程度、松江市内を移動すればよいだけだ。いつの間にか雨も上がり、僅かながら青空も覗いている。松江城の傍を通り、あっと言う間に売布神社に到着した。
売布神社は、どこにでもあるような神社で、二十カ所全て巡礼し終えたときには「どんな所じゃったっけ?」と思い出せないパターンだろう。淡々と参拝し御朱印を貰った。
この時点で、時刻はまだ15時。しかし、次の華蔵寺までは約15kmあり、枕木山の山頂付近であるため標高も426mある。今からでは御朱印受付所の受付時間に間に合わない。一方で、今夜も雨が降る可能性がある。イッコーさんは雨対応のテントだが、ゴッツと俺は蚊帳のみであるため、雨の降り込まない屋根が必要不可欠だ。よって、最高の野宿ポイントを探すことに時間を費やすことにした。
まずは、宍道湖畔にある千鳥南公園に行ってみた。東屋やトイレはあるが公園周りの交通量が多く、夜、ゆっくり眠れそうな雰囲気ではない。続いてそこから約3.5km北東、島根大付近の菅田公園へ行ってみた。肝心の屋根が無い。その次に、そこから約1.5km南東の楽山公園へ行ってみた。野宿できそうなところは無い。やむを得ず、本日の巡拝途上見つけていたイングリッシュガーデン付近の駐車場が野宿に適していたので、そこまで戻るしかないかと思案していたが、そこへは、明日向かう華蔵寺とは逆方向の西へ約8km戻らなければいけないので、それも今一つ気乗りしない。
そんな時、イッコーさんが、現在地から1.5km程度南西に松江市総合体育館があることを地図上で発見した。でかしたぞとばかりに、早速そこへ向かい敷地内を散策していると、静かで屋根のある最適な野宿ポイントを発見することができた。しかも、松江市総合体育館の中でシャワーまで浴びることができ、周囲にはコンビニやドラッグストア、飲食店なども沢山ある。イッコーさん、Good Jobである。
まずは、インド人経営っぽいカレー屋でカレーを食べ、ドラッグストアで買い物を済ませ、シャワーを浴びに行った。汗だくで動きまわり、昨日は水道で済ませただけなので、シャワーを浴びられることは、一瞬ではあるが人間らしい文化的な生活に戻れた気がして、幸せを感じることができる。シャワーを浴びサッパリしたところで、発見した野宿ポイントへ向かうため松江市総合体育館を後にすると、外は再び雨が降り始めていた。
野宿ポイントに到着すると、すぐさま寝床を準備して、宴会を始めた。今日はビールに加え、ワインも買っている。何故ならイッコーさんの誕生日パーティーを催すのだ。酒を飲めないゴッツも1リットルの豆乳で共に祝杯を上げた。ゴッツは豆乳に酔ってしまったのか、「俺は荒神である。雨は俺が止める。」と訳のわからないことを言い始めてしまった。それをよせばいいのにイッコーさんが「さすが荒神様!」とか言って肯定してしまい、調子に乗せてしまう。まったく、イッコーさんは何も考えていない。夕方から深夜まで、こんなくだらない宴会をだらだら続けていたが、明日のことを考えなければ、まだまだ飲み続けていただろう。
その最中も、雨は降ったり止んだりしていたが、明日の天気予報では回復傾向である。きっと朝には止んで、日中はよい天気になるだろう。いよいよ明日が最終日だ。

第七番 華蔵寺(けぞうじ)

朝、目が覚めると、雨は上がっていた。高い雲の間に青空も見える。今日こそ快適なサイクリングができそうだ。
野宿ポイントから華蔵寺までは、約14km。問題は426mの標高だ。帰りの汽車の時間を考えると、今回は華蔵寺までで終りとなる。いずれにしても、最後の秋晴れの下のツーリングを楽しもう。
因みに、この日の朝もゴッツの自転車はパンクしていた。またしても佐太神社でのパンク修理が不十分であったためだ。パンク修理を諦め、予備で携帯していた新品のチューブに替えた。
野宿ポイントを出発して20分程度経過した時、予想に反して雨がポツポツと降ってきた。“そんなはずはないだろう!”と思いつつも、いつもの如く“どうせすぐ止むだろう。”と思いながら、ドラッグストアの軒先でザックにレインカバーを被せ、再び華蔵寺へとペダルを回し始めた。ポツポツと降る雨は、ザーザーと降り始めた。そしてザーザーと降る雨は、一向に降り止まず、路面は水たまりだらけになっていった。今日こそはと思っていたのに、最後の最後までこの状況である、テンションは下がりまくりだ。下ばかり向いて、ひたすらに、淡々とペダルを回す。
おぉ、出雲國の神仏よ。貴方は我にどれ程の試練をお与えになられれば、気が済まれるのか?それ程に我の罪は重いと申されるのか?まっ、まさか、あの時の事か?幼稚園の時に帰る途中、畑のニンジンを一畝分、全部抜いて走って逃げた、その事をまだお怒りか?
あまりに下を向いてばかりだったので、左折すべき交差点を見逃し、直進してしまった。ゴッツと二人であれば、散々行き過ぎて気付くであろうが、こんな時にイッコーさんが力を発揮してくれる。イッコーさんは、何も考えていない訳ではないのだ。
数十メートル戻り、交差点を曲がった。ここから華蔵寺へ向け、ヒルクライムが始まる。勾配は穏やかだが、登っても、登っても坂は終わらない。降り続く雨は徐々に強くなり、とても天気が回復傾向にあるとは思えない。唯一の救いは、雨で体が冷え暑くないことだけだ。だが、そう思っていたのは見た目の暑苦しいゴッツと俺だけで、イッコーさんは体温の低下に苦悩していたようだ。標高が上がるにつれ、降り続く強い雨とともに辺りは霧に包まれ始め、気温も下がってきた。イッコーさんは寒くて辛かったのだろう、体温を上げるために坂道を先にゴンゴンと上り始めた。我々も悲鳴を上げる足に鞭を打ちながら、終わらない坂道を登り続けた。しばらくすると、イッコーさんが坂道を下ってきて、我々に「あと数百メートルで到着ですよ!」と告げた。この時ばかりはイッコーさんが神に見え「おぉっ!そうかっ!」と一気に元気を取り戻した。自称荒神とは大違いである。
華蔵寺の参道の入口にある地蔵堂で、雨宿りをしながら降り続く雨を見つめていた。イッコーさんはこの時も寒くて仕方なかったのだろう。一人で黙々と参道の階段を登りはじめた。我々も写真を撮りながら後に続いた。
厚い雲に覆われうす暗く、全てが雨でしっとりと濡れ、霧の立ちこめる山寺の参道は、とても神秘的、幻想的で、恐らく華蔵寺を我々に何倍も素晴らしい景色として見せてくれたのだろう。約500m続く参道に飽きることは無かった。
境内に到着すると、とても古い寺で本堂などの建物は、一体、築何百年なのかと思うほど老朽化が進んでいるが、庭木等は手入れが行き届いている。老朽化しているからと諦めず、出来ることはこなすその姿に美しさを感じた。
納経を済ませ、セルフの御朱印を貰う頃には、雨は上がり空が明るくなり始めており、手入れされた庭に質素に咲く菊の花びらに乗った水滴は輝き、今回の辛かった旅の終わりを祝福してくれていた。そして、境内を出ようとした時、霧は晴れ眼下に中海を挟んだ島根県松江市と鳥取県境港市が見渡せた。今回の巡礼における最後の納経が終わった途端のこの天気の替わり様は一体何だ!まるで巡礼の辛さを与えつつも、終わってしまえば溢れんばかりの優しさで包んでくれているようである。
おぉ、出雲國の神仏よ。貴方は我に試練をお与えになられるが、本当にお怒りか?
松江駅に戻り、イッコーさんと再会を誓い、それぞれの帰路に就いた。

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