魚を釣るには、その釣りたい魚がいるところで釣らなければ、釣れない。当然の事だ。だから釣り人達は、情報を収集し、経験を積み、そして考える。熟考を重ね選んだポイントで、海や魚の状態に合わせて餌の種類や大きさ、仕掛けにもこだわり、当に魚と対峙する。そして釣り上げる事が出来れば、この上ない歓びを感じる訳だ。
しかし、残念ながら、我々の釣りはそうではない。自分達の都合が優先される。「室積に行ったら、この時期はブリがつれるじゃろ。」と何も考えずにポイントへ行く。そしてブリが居なければ当然釣れないが「今日は運が悪かった。」と何の反省もしない。それどころか「何で居らんのか!くそっ!」と悪態を吐く始末だ。そんな事を何度繰り返しているだろう。
そもそも、我々の性格上、繊細で奥ゆかしい魚釣りは無理だ。我々が魚釣りに求めているものは、知略ではなく、自然との戯れと快楽なのだろう。
その結果、去年と今年の二年間はろくに釣果を上げていない。だからと言って性格は変わらない。この日も奇跡的にブリが釣れる事を願い、マニアB師匠と室津に出航する。
出航する時の気持ちは、なんの根拠も無く、いつも前向きに釣れる事を信じて疑わない。しかし、ここ最近、毎回の事だが、一時間も経たないうちにテンションは下がっている。期待通りの状況では無いからだ。魚が居ないので、魚が来るのを待つしか無い。音楽を聴きながら12月とは思えない穏やかで暖かく、べた凪の海の上で、気持ち良くボケ〜っとしていた。
昼頃、満潮で潮止まりとなり、マニアB師匠と丘で昼メシ休憩にした。湯を沸かしラーメンを食い、ゆっくりとアウトドアグッズ談議をしていた。
すると、マニアB師匠が定位置で水面近くを旋回する二羽のカモメを見つけ「あれナブラ?」と指をさした。ブリが入って来ると、水面に小魚を追い立てて、カモメがその小魚を狙い、寄って来るのだ。その状況であるかどうかは、ブリが上げる水しぶきを確認出来れば確定だ。
目を凝らし少し離れたその位置を見つめていると、マニアB師匠は「あれ?あれ?メガネ、メガネ。」と何やら探し続けている。遠くを見るためのメガネか何かを探しているようだが、その隙に、カモメの下で水しぶきが確認出来た。「ブリだっ!ブリっすよっ!」とマニアB師匠に伝えた時、マニアB師匠は頭に付けていた偏向サングラスを触り、「あった。」と。決して一瞬ではなかった。結構な時間、マニアB師匠は頭のメガネを探していたようだ。高齢化が進展している。
急いで出航し、ハマチを一本釣った。50㎝程度で、目的のブリには到底届かないサイズだった。結局この日のチャンスはこれが最初で最後だった。マニアB師匠もサワラを二本釣ったが、同様にブリは釣れなかった。
そして、夕刻、久しぶりに水平線に沈む夕日を見る事が出来た。薄暗くなり行く穏やかな海の上は、一面のオレンジ色に包まれ、とても幻想的な空間へと変貌を遂げた。そんな海の上に浮いているだけで感動的で、全ての邪念は洗い流され幸せな気持ちになる。“あぁ、この時間が永遠に続いてくれれば。”と願うが、太陽はみるみるうちに水平線に沈んでしまい、夜が始まってしまった。ブリは釣れなかったが、それにも匹敵する収穫に大満足だった。やはり我々は釣る事だけが目的ではない。
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