メンバーは俺と同級生のゴッツ、それとイッコーさんだ。イッコーさんは早朝より山口市の自宅から萩へ自転車で来たので、この時点で約40kmを走っている。
本来俺は、神や仏などにすがる気持ちは一切理解できない人間である。勿論、それを信じる他人の気持ちはけっして否定しない。だが、問題が発生した場合の最終的な解決は、自分かそれを出来る専門家がしなければ神や仏は何もしてはくれない。だから、厄払いなど何の役にもたたない。そう思っている。
そんな現実主義者である俺だが、近年、体のあちこちが原因不明の不調に襲われている。産まれて以来、健康問題で困った事は一度もなかった。しかし今回は、自分でも専門家(医者)でも簡単には解決出来ない。詳細の説明は長くなるので省略するが、過去に無いほどの不安を感じ、結論として、自分を、そして生き方を見つめなおす必要を感じた。そんな時、“神や仏にすがる気持ち”が初めて自分の中で芽生えたのだ。
出雲國神仏霊場の巡礼は、そんな俺の“厄払い”が目的であり、今回はその第一弾として、萩から出雲へ向かい、出雲國神仏霊場二十箇所の一番目、出雲大社でお参りするのだ。
とりあえず萩を出発する。出雲までの道程は200km。カラッとした空気で暑過ぎず蒼い空と天気は良いが、道程の長さを考えると気は重い。過去一年以上、カヤックばかり乗って自転車にはほとんど跨っていないし、基本的に運動自体をほとんどしていない。その程度の体力では相当苦労しそうである。
そんな気持ちの俺と対照的なのがイッコーさんである。最近、自転車に乗りまくりで、一日での最高走行距離は247km。出雲までを超える距離だ。そして今回、初野宿を経験する事が楽しみで昨晩は眠られなかったと言う。それにジーンズにオシャレなスニーカーで来ている。涼しげな表情で、ワクワクの余裕かましまくりだ。
昼過ぎに山口県を抜け、島根県に入った。美しい持石海岸が目に入って来るが、俺とゴッツは汗だくになりながらそしてブツブツ文句を言いながらペダルを漕ぐ。イッコーさんは「何で『行こう』と言い出した人達がそんなに嫌がってるのか不思議ですよ。」と涼しげな表情で問いかけてくる。が、そこに対する明快な答えは我々には無い。
益田市の中心街を抜けると、いよいよ足がヘロヘロになり始め、緩やかな上り坂ですら速度がかなり遅くなる。あわよくばと思っていたが、やはりこのペースでは一日で出雲に到達することは到底不可能である。イッコーさんには物足りないペースだろうが、文句も言わず我々に付き合ってくれる。ごく稀に涼しげな表情で我々をおいて先に行くが。
イッコーさんに「俺、もう痩せこけてしまっとるじゃろ。」と言うと「いや、朝と何も変わってないと思うけど。」と涼しげな表情で俺の言い訳を認めてはくれようとはしななかった。
さて、問題はこれからだ。今日中に120〜130kmポイントくらいまで行き、明日の走行距離を短くしておかなければならない。何故なら明日は今日より情けない状態だろうから。だから暗くなる前にあと30〜40km進む事が義務付けられる訳だが足も腰も疲労しまくりで、ペダルが重い。ただ辛いだけで何も楽しくはないが、前へ進まなければ出雲には到着できない。そんな中、唯一の楽しみは、日本海の美しい景色を眺めることだけだ。
日本海は荒々しいイメージだが、それは冬の間だけである。一般的にはその冬のイメージが先行してしまっているが、春から秋にかけては穏やかで日照時間も長い。日本海側に米所が多いのもこのためだ。
海岸沿いの道では、現実逃避をするように美しい日本海へ目をやるが、その脇でイッコーさんは、純粋にその景色に魅かれている。涼しげな表情で。“この差は何だ・・・。”と俺が思ったかどうは定かではないが、再びアスファルトを見つめながら、ただ、ひたすらに重いペダルを回す。
19時頃、江津市の中心街に到着した。もう、暗くなる頃だ。ここまでで約120km。一応、今日のノルマは達成とし、この街で野宿する事にした。トンカツ屋で飯を喰い、トンカツ屋のおばちゃんから野宿できそうな公園を聞き出し、その公園へ向かった。いよいよイッコーさんの初野宿だ!
まずは、風呂と洗濯だ。と言っても持って来た石鹸や洗濯を使い、水道で済ませるだけ。後は東屋に蚊帳を吊るして、その中で寝袋で寝るだけ。
これがイッコーさんの楽しみにしていた野宿の全てだ。難しい事も無ければ楽しい事もない。
イッコーさんは寝袋に下半身を突っ込みながら「初めてなので寝れるか不安なんですよ。昨日も寝れなかったんで、今日も寝れなかったら、明日ヤバいですよね。」と涼しげな表情で言っていた。
確かに明日もまだ80km走らなければいけない。いくらイッコーさんでも2日寝られなかったら辛いだろう。
しかし、そんな心配も他所に10分も経たない内にイッコーさんは熟睡していた。おそらく涼しげな表情で。
昨日の疲労はある程度回復しているが、俺の体はいったい、どこまでもってくれるだろうか?
そう思いながら5kmほど進んだ頃、体の異変に気付いた。すこぶる調子が良いのだ!何だか自転車のこぎ方を思い出した気がして、スイスイとハイペースで進んで行く!調子に乗って、一気に20km進み、休憩のため大田市内のコンビニに停まった。
そして、イッコーさんに「こんぐらいのペースなら、ええやろ!」と自慢気に問いかけると、「まぁ、普通ぐらいっすかね。ハハハ!」と涼しげな表情で。
そしてこの後も、昨日ほどの疲労度はなく、丁度昼時には出雲大社に到着できた。
早速、出雲大社の入り口で記念撮影をする。イッコーさんは自撮りが好きだが、その自撮りで「一緒に撮りましょうよ。」と誘いかけてきた。俺はすかさず、“自撮り”と“地鶏”をかけて、しかも山口の地鶏と言えば“長州黒がしわ”なので、「あぁ、長州黒がしわね。」とボケてみた。するとイッコーさん、涼しげな表情で完全スルーして、撮影へと移行していった。撮影された俺の表情は怒りに満ちている。
出雲大社でお参りを済ませ、この日はもう、出雲駅から電車で帰る。イッコーさんは山口市へ、我々は萩へ帰るので、出雲駅からは別々の電車に乗る。
イッコーさんと別れる前に、イッコーさんの撮影した写真を俺に送ってくれと頼んだ。イッコーさんは快く「自撮りしたやつも全部送っていいですか?」と聞いてきた。俺はすかさず「あぁ、長州黒がしわね。ええよ。」とボケてみた。イッコーさんは再び涼しげな表情で完全スルーした。あの時、事実として出雲駅前に涼しげな風が吹き抜けていたのを俺自身も感じていた。
今回は、第一弾として予定していた事はこなせた。ただ、イッコーさんに翻弄されっぱなしで、自分を見つめ直すことはできなかった。第二弾では、それを課題とし、出雲大社から出発する!(時期未定)
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