『ブリトップゲーム』とは、水深30m前後の大海原にルアーを思いっきり投げ、そのルアーを水面で引く。海中を回遊してきたブリがそのルアーを餌と思い、深場から海面のルアーに突進し、水柱を上げながらルアーに喰い付くという、刺激的なゲームである。
この日は風が強く、瀬戸内海と言えど湾から出ると高い波が船を大きく揺らしていた。船にしっかりと掴まっていないと海に放り出されそうで、マニアB師匠と「釣りを始める前に握力がダメになりそう。」とボヤいていた。
しかし、本当の問題は握力ではなく、ボヤキの真の対象は“高い波”である。高い波は、釣りにくくもあり、釣れにくくもある。大きく揺れる船上では竿も振りにくく、荒れた海面では、ブリもルアーに気付きにくいらしい。
“本当に釣れるのか?”と思い始めた時、同乗している釣り好きがブリを釣り上げた!そして、船長に記念撮影をしてもらっている。“すげー。やっぱ釣れるんじゃ!”と感心していると、マニアB師匠も記念撮影する姿を羨ましそうに眺めていた。ブリを釣り上げる光景を目の当たりにした我々は、“俺のルアーにも、きっと喰い付いてくるはずだ!”と思い込み、アホのようルアーを投げ続ける。
そんな中、マニアB師匠のリールの糸が度々絡まり始めた。船長曰く、リールに糸を巻き過ぎているらしい。それを聞いたマニアB師匠は船上に座り込み、リールの糸を短かくし、仕掛けを結び直す作業を始めた。
実は、今まで隠し通して来たが、マニアB師匠は船酔いしやすい体質である。カヤックに乗る時も、波がある日は酔い止めを飲んで出航している。もちろんこの日も酔い止めは服用済みである。しかし、リールの糸を短くし終えたマニアB師匠は「ヤバい。」と言い始めた。確かにその顔は青白くなっている。酔い止めを飲んでも、揺れの大きい船上で細かな作業をすると、やっぱり酔ってしまうらしい。マニアB師匠は無口になり、顔色も悪く、かなりキツそうに見えたが、頑張ってひたすらルアーを投げ続けている。
マニアB師匠が頑張るのには、理由がある。簡単に言うと“悔しい”のだ。事実、この日も幾度となく「悔しいのぉ!」と言葉を漏らしていた。では、なぜ“悔しい”のか?それは本人曰く“劣等感”であり、これがマニアB師匠の生きる原動力になっているらしい。そしてこの原動力に火が着いた時、その対象にとてつもない情熱を注ぎ、成果を導き出していく姿を、俺も何度も見てきている。この日のブリトップにも、既に火は着いているのだ!
あともう少しで夕陽が水平線に沈む頃、マニアB師匠が急に「出たっ!」と言った。ブリがルアー目掛けて攻撃を仕掛けて来たが、ルアーには掛からなかったらしい。ちょうど写真を撮っていた俺に「すえちゃんも早よ投げりいやっ!」と言う。慌てて投げようと準備していたら、今度は「来たっ!」と言った!マニアB師匠を見ると、竿が大きくたわんでいる。
[これ以降、釣り上げるまでの動画]
ブリがマニアB師匠の情熱に負けた。
さっきまで青白い顔で無口だったマニアB師匠の表情には完全に血の気が戻り、清々しい満面の笑みが溢れ、そして多弁となった。この時、失礼ながらマニアB師匠を憎たらしく思えたのだが、これには船長も共感してくれた。
後から船長が教えてくれたが、この日はブリトップとしては最悪の天候で、潮も悪く、そもそもシーズンも終わりかけている。そんな中で初心者が釣り上げた事は奇跡に近いと。
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